バイオスティミュラントの定義と意義


日本バイオスティミュラント協議会
事務局長 須藤修

 
 
「日本バイオスティミュラント協議会」は、2018年1月25日に肥料、農薬、土壌改良材などを取り扱う企業8社が結束し、新しく設立した団体である。
 
1. バイオスティミュラント協議会の設立
バイオスティミュラントという新しい概念の農業資材が、農作物の増収や品質改善を行なうことによって農業への様々な貢献を行っていることは、既に世界中から伝えられている。
日本の農業生産現場は、生産者の高齢化、担い手の不足、放棄農地など、さまざまな問題を抱えている。これらの問題を解決するキーワードは「農業の効率化」である。バイオスティミュラントは従来の農業技術による効率化をさらにもう一歩高める技術である。効率化を行なえば必然的に作物の増収や品質向上も期待でき、農業を取り巻く環境は世界とは異なるものの、日本においても今後バイオスティミュラントの必要性が当たり前になる日が来るであろう。
日本のバイオスティミュラント産業は従来、資材の起源ごとに別々の産業として成立していた。たとえば、アミノ酸の企業と海藻の企業と微生物資材の企業は、それぞれ別々のカテゴリーであった。「日本バイオスティミュラント協議会」はこれらの資材産業を1つのソリューションを提供する新しい産業カテゴリーとみなし、まずは産業界での情報交換と相互の技術向上を目指している。最終的には、バイオスティミュラント資材による農業への貢献を実現することを目標として、本協議会は設立された。
 
2. バイオスティミュラントとは?
バイオスティミュラント(以下、BS)は日本語に直訳すると「生物刺激剤」である。近年、ヨーロッパを中心に世界中で注目を浴びている新しい農業資材カテゴリーだ。BSは、植物や土壌により良い生理状態をもたらす様々な物質や微生物である。これらの資材は植物やその周辺環境が本来持つ自然な力を活用することにより、植物の健全さ、ストレスへの耐性、収量と品質、収穫後の状態及び貯蔵などについて、植物に良好な影響を与えるものである。
 
3. BSの世界市場
日本ではまだ聞き慣れない「バイオスティミュラント」であるが、世界規模で近年BSの使用量は増加しており、2014年には世界で1,400億円市場に達していると言われる。この市場は急激に成長しており、2021年には2,900億円の市場に拡大する見込みである。*1 また、BS製品の研究開発もさかんで、BSの専門企業、農薬・肥料の多国籍企業による新製品開発と企業買収が精力的に行なわれている。
 
4. BSが必要になってきた背景
なぜ今世界中でBSが求められているのか。それには世界の人口・食糧問題が大きく関わっている。地球の人口は2050年には今より20億人以上多い95億人になると予測されている。ところが15億ヘクタールと言われている地球の耕作面積には限りがあり、何も手を打たなければ1人当たりに割り当てられる食糧は間違いなく減少する。さらに地球規模の砂漠化はこの問題に追い討ちをかけるであろう。もうひとつの問題として、地球温暖化に起因する各地の気候変動だ。平均気温の上昇は作物の適作地の移動を余儀なくし、記録的な高温や日照不足は作物の収量低下を招き、ますます食糧の確保を脅かすであろう。そこで従来よりも効率的な収穫を約束してくれる技術が求められるわけであるが、BSは様々な環境由来のストレスに対する抵抗力を付与し、植物が本来持っている収量・品質ポテンシャルを引き出してくれる新しい資材として注目を集めるようになった。
日本においてはむしろ人口は減少傾向にあるが、農家の高齢化、担い手不足により、少ない労力でより大きな収益を狙いたいという要求は基本的には世界が目指しているところと変わりない。
 
5. BSの定義とその効果
BSの価値を理解するためには、まず「非生物的ストレスの緩和」を知るところから始まる。農薬が解決すべきターゲットは害虫、病気、雑草、生長調節(生物的ストレス:Biotic stress)であるのに対し、BSは干害、高温障害、塩害、冷害、霜害、酸化的ストレス(活性酸素によるダメージ)、物理的障害(雹や風の害)、農薬による薬害など、非生物的ストレス(Abiotic stress)に対する抵抗性を高め、結果的に増収や品質改善を実現しようとするものである。
長い間、研究者たちはBSの定義について様々な提言を行なってきた。そのためBSの明確な定義は語り手によって少しずつ相違がある。現在、私たちが最も信頼をもって参照できるBSの定義は、ヨーロッパバイオスティミュラント協議会(以下、EBIC)が提唱するものであろう。EBICはBSの定義を次のように述べている。*2
 

農業用BSには、作物の生理学的プロセスを制御・強化するために、植物または土壌に施用される化合物、物質および他の製品の多様な製剤が含まれる。
BSは、作物の活力、収量、品質および収穫後の保存性を改善するために、栄養素とは異なる経路を通じて植物生理に作用する。

 
また植物が成長していく上でその体内ではさまざまな植物ホルモンや酵素が目まぐるしく生産されているが、それぞれの成長ステージでより良い生理状態を導くのもBSの役割である。
BSは通常、天然成分であったり、動植物由来の抽出物であったり、微生物起源の代謝産物などから作られる。BS製品はこれらの単体または複合物であり、そのほとんどは一般的に使用者、消費者、環境のいずれに対しても安全であるとみなされている。
 
BSの効果について、EBICは次のように言及している。
 

BSは、種子の発芽から植物の成熟までの作物ライフサイクル全体にわたって次の方法で植物の成長および発育を促進する。
・増収と作物の品質向上を促すために植物の代謝の効率を改善する。
・非生物的ストレスへの耐性を強化し、また回復させる。
・栄養の同化、転流、使用を促進する。
・糖の含有量や色など、生産物の品質属性を高める。
・植物の水バランスを制御、改善する。
・土壌の特定の物理化学的性質を高め、補完的に土壌微生物の発育を促進する。

  
より具体的には、
・活性酸素の抑制
・光合成の活性化
・開花・着果の促進
・蒸散のコントロール
・浸透圧の調節
・根圏環境の改善
・根量の増加・根の活性向上
などの効果があげられる。
 
単一あるいは複合的な効果の発揮により、結果的に増収や品質改善などの経営的価値をもたらす。
BS適用後の植物に対する刺激作用は、遺伝子レベルのシグナル伝達により様々な現象を起こしていると言われている。今後BSに関わる多くの研究者により基礎的な作用機作の解明が進んでいくことであろう。同時に農業現場での実用技術に応用されることに期待したい。
 
6. 国内におけるBSの法的位置づけ
BSに期待される効果は、あくまで非生物的ストレスの緩和である。したがって、病害虫雑草の防除を管轄する農薬や、植物に栄養を供給し土壌に化学的変化をもたらす肥料、さらには土壌に物理的改変を与える土壌改良材のいずれの法的範疇にも収まらない。そのため現状では既存のいずれの法律にも該当しない製品カテゴリーである。農薬成分の混入や農薬と誤認されるような曖昧な表現はあってはならないので、BSを扱う企業は正しい理解のもとに生産者に不利益を与えないよう十分な注意が必要である。ただし、いわゆる機能性肥料と呼ばれる、肥料成分とBS資材(成分)の混合製品は、肥料取締法に基づき適正に販売を行なっている。
 

 

 

 図1 日本におけるバイオスティミュラントの法的な位置づけ

 
7. BSの分類
BSにはどのような製品カテゴリーがあるのか。古くから多くの研究者がこれらの資材の分類に取り組んでいる。分類方法も有効成分、資材の起源、機能など、様々な分類が存在するが、ここでは一例として資材の起源別に分類を行なってみた。
①   腐植質、有機酸資材(腐植酸、フルボ酸)
②   海藻および海藻抽出物、多糖類
③   アミノ酸およびペプチド資材
④   微量ミネラル、ビタミン
⑤   微生物資材(トリコデルマ菌、菌根菌、酵母、枯草菌、根粒菌など)
⑥   その他(動植物由来機能性成分、微生物代謝物、微生物活性化資材など)

2 アスコフィラム・ノドサム
干満の差の大きい海岸の浅瀬に生息する海藻(フランス)

 

3 さとうきび
糖蜜の副産物からグルタミン酸が得られる (沖縄)

8. 日本のBS製品
日本には古くから海藻資材を農業現場で使用したり、ぼかし肥料を自家製で製造したり、日本型のBS資材は実は古くから存在している。しかし各々の資材が「非生物的ストレスの緩和」という、ひとつのソリューションを目的とした農業資材カテゴリーであるという概念はなかった。永年の経験の中でいろいろな資材を試して、良い物だけを選抜し、その適用タイミングや順序を秘伝の技のようにノウハウとして完成させているすばらしい農家も多く存在する。
 
9. BSの課題と将来展望
BS資材を評価するにあたって最も苦労することは、結果を判断するのに大変な労力と時間がかかることである。通常BSの処理から作物の収穫まで、適切な栽培環境を維持しながらテストを行う。さらにテスト期間が長くなればなるほど、その間いろいろなファクターが関わってくるので、実圃場試験でのデータ解析はことのほか難しい。
実際にBS製品を現場で使用してみると、「効いたのかどうか良く分からない」という声が時々返ってくる。これには次のような原因が予想される。
・改善を必要とする植物生理メカニズム(光合成、浸透圧、…)とBS製品の作用がマッチしていない。
・作物の内的生理環境と散布タイミングが合っていない。
・BS製品に含まれる生体刺激因子の量が足りない、希釈濃度の問題。
・ストレスがそもそもない理想的な栽培環境であった。
などなど、色々な要因が考えられる。
 
BS製品の作用機作が解明され、目的の遺伝子活性の変化が現場レベルでリアルタイムに測れるような評価系などが確立できれば、資材の選定や散布のベストタイミングの理解など、BSの技術進歩は飛躍的になるであろう。
現状ではトライアンドエラーにより、最適条件を探し出すことが現実的である。
ある一定の効果を得るために、BS製品の品質の均一化・安定化が必要である。また、天然物は安全という考え方には根拠はなく、今後一定の安全基準を考えていく必要がある。
今後、日本においてもBSの使用場面は増えていくと思われるが、将来はさらに農業現場の細かいニーズ(対象とする作物のライフステージ、生産圃場の環境、植物種・品種や作型など)にマッチしたBS製品の品揃えが実現するだろう。そのためにBS資材メーカーは、生産状況に合わせたエビデンスベースの技術提案をし、各BS製品のパフォーマンスを見極めて、適切な使用方法を推奨する努力が必要になる。
BSは作物の増収や品質改善を行なうことで最終的には生産者に“収益アップ”をもたらす農業資材であるべきだ。
また、BSの適用だけで大きな成果を求めるのではなく、生物的ストレスを制御する農薬、肥料や土作り、そして適切な水管理、施設環境の制御などを相互補完的に組み合わせて、「農業の効率化」が実現できることを忘れてはならない。
 
「日本バイオスティミュラント協議会」はまだスタートを切ったばかりの若い団体であるが、まず私たちはBSの概念の研究、新技術や知識の整理・蓄積、国内外の情報収集等に取り組みたい。そこで得られた知見に基づき、講演会の開催、機関誌の発行、安全性や効果の確保のための品質・規格の標準化等の提案を行い、より優れたBS製品が多くの農業生産者に役立つように積極的に活動する予定である。
 
*1:Biostimulants in Plant Science: A Global Perspective: Frontiers in Plant Science 2017/1/26
*2:http://www.biostimulants.eu/2011/10/biostimulants-definition-agreed/
 
(以上)